節分

中国から伝わった文化

節分とは、立春の前日のこと。
新暦でいうと2月の3日または4日です。
旧暦でいうと、元旦から7日のことだと言われています。

節分は古来、中国で始まった文化と儀式が日本に伝わり、変化したものです。
鬼が家にきて、豆をまく。
そして「鬼は外、福は内」という言葉が一般的に広まっています。

鬼はそもそも、死霊を意味していました。
中国から伝わったものですが、6世紀後半に「鬼」という存在が伝わり、古来から日本では季節の変わり目に邪気が生じるとされていたのです。
そこから、鬼払いのための豆まきが始まります。

節分の歴史

日本では、奈良時代の文武天皇の頃に、疫病が流行ったために鬼払いの儀式を行ったことが始まりだと言われています。
平安時代では、陰陽師により大晦日から盛大に行われる行事となりました。
その後、日本の社寺でも行われるようになったのです。

豆まきは宇多天皇の時代に鬼が京の都に乱入しようとしたところへ、豆を投げて鬼の目を潰して回避したことがルーツだとされています。
室町時代では、鬼は外、福は内の言葉とともに豆まきをすることが広がり、江戸時代中期には社寺の行事として行われてきました。
そこから、広く庶民の間でも行われるようになったのです。

節分は、明治維新の頃に一度低迷します。
明治後期には再び広まり、現在のように盛んになりました。

服装や料理について

どうして鬼を退治するための物が豆なのか?
もっと、ダメージを与えるものを投げれば良いのに、と思ったことはありませんか。

実は、古来から中国では様々な習慣がありました。
その中でも、豆は無病息災を祈る意味で豆がまかれるようになったのです。

その豆を人間が食べることによって、鬼を退治したことになります。
豆まきが一通り終わったら、そのまいた豆を拾って食べます。
その時に食べる豆は、自分の数え年の分だけ食べるという風習が伝わっています。

地域によっては、自分の年の数よりも1つ多く食べると体が丈夫になると言われています。
また、風邪をひきにくくなるというところもあります。

数え年ではなく、満年齢のまま食べるまたは数え年のぶんを加えて2つ多く食べるなどの説もあります。
食べる豆の個数は、地域や風習によって異なりますから、ご自身の地域の風習を確認してみると良いでしょう。

節分には恵方巻を食べるという風習もありますね。
その年の、運気が良い方角に向かって食べます。

恵方巻についても様々な言い伝えがあります。
恵方を向いて、食べている間は喋ってはいけない。
すべてちぎらずに丸ごと食べなければいけないなど。

これもその土地によって異なりますから、ご家族に聞いてみると良いでしょう。
恵方巻は、太巻き、または丸かぶり寿司とも呼ばれています。